企業の研究所に就職したわけ

先日、博士課程に進学中の大学生と話す機会があり、その際に「なぜ、企業に就職したのですか?」という質問を受けた。その大学生にしてみれば、大学卒業後も研究を続けたいのであれば、大学に残る、公的な研究機関(理化学研究所、産業技術総合研究所、物質・材料研究機構など)に就職するなどの道があったのに、なぜ企業に就職したのかなと疑問に思うのだろう。実際、企業の研究所に就職した理由は大きく2つある。

 

理由の一つ目は、偶然、現在所属している企業の研究者と知り合う機会があり、その研究者に誘われたという理由である。話をしてみると、偶然知り合ったその研究者の実家が京都市内にあり、自分の実家とかなり近いことが判明。その結果、親近感を持ってくれたのだと思う。「研究所に見学に来ないか」と誘われたので、見学に行ったら、それが面接も兼ねていて、知らぬ間に合格。企業の研究所がどういう所か興味があり、見学に行っただけなのに、何故か合格したのである。後日、入社するかの問い合わせがあり、入社する旨を回答した。大学と比較して新しい実験装置が沢山あり、ここに入社すれば面白い研究開発ができそうな気がしたから入社を決意した。

 

理由の二つ目は、大学での研究活動に刺激を感じなくなったという理由である。大学時代に所属した研究室の教授は積極的に研究を発表することを進めてくれたので、学会の講演会で研究成果を発表する機会が数回あった。最初は発表自体が新鮮で楽しかったのだが、徐々に講演会に不満を感じるようになった。なぜなら、発表しても参加者からの反応は極めて薄く、楽しさややり甲斐を感じられなかったのである。そして、このまま大学で研究開発を続ければ、この状況が続くと感じられ、大学での研究開発に絶望してしまった。反応が薄かったのは、自分の発表が下手だったのもあると思う。ただ、学会は議論を戦わせる場、熱い議論が交わされる場だと思っていた自分にとって、反応の薄さは絶望につながってしまった。反応が薄いよりも、「その結論は間違っている」と誰かが批判してくれる方が、まだ救われた。

 

今考えれば、学会の講演会で反応が薄い、良い反応が得られない理由は理解できる。多くの研究者は、自分は優れた研究者であり、他の研究者をライバルと考えている。なので、他の研究者の成果を称賛することは、そもそも無理なのである。特に、自分の研究分野に近い研究であればあるほど、プライドが邪魔をして称賛できなくなる。また、かなり狭い、自分の研究分野にしか興味がない研究者もいる。当時、このような事実に気がついていなかった。

 

ただし、私が知らないある講演会では、発表内容について研究者間で活発な議論がなされている可能性もあるので、ここで記載した内容は全ての学会の講演会に当てはまるわけではない。なので、研究開発職で生きていきたいと考えている方は、そういう場に一度は参加して、自分の研究分野で活発な議論がなされているかをチェックするのが良いと思う。また今は昔のように、研究内容を発信する場は学会の講演会のみ、という時代ではない。情報発信媒体は沢山ある。それを利用して皆に知って欲しい内容を発信すれば良い。

 

以上を纏めると、①企業の研究者と偶然知り合う機会があった、②研究開発とそれに続くアウトプット活動(講演会での発表)に魅力を感じなかった、というのが私が企業の研究者になった理由なのです。