- Was knowledge management unsuccessful? -
「失敗学」は成功していない。これが「失敗学」に対する率直な感想である。不具合や事故の原因究明、情報共有の取り組みとして「失敗学」は有名である。過去に起きた事故や失敗を繰り返さないよう、原因を解明し、事故や失敗事例を上手く整理して共有する取り組みである(1)。特定非営利活動法人「失敗学会」(2)を土台とし、失敗の原因究明、失敗を未然に防ぐ方法の開発、啓蒙活動、関連する研究発表の主催などが行われている。
(a)「進まぬ知識・技術移転」が製品不具合の背景の一つであること、(b)不具合情報の共有が事故の撲滅に極めて重要なことを考えると、失敗学会の取り組みの一つである失敗原因の解明、事故や失敗事例の整理と共有は、不具合の撲滅に有効なことは間違いない。実際に失敗学会のホームページから失敗知識データベース(3)へのリンクが貼られており、過去の事例が共有されている。では何故、失敗学は「成功していない」のだろうか。
何故なら、失敗学によって失敗が減っていないからである。例えば、畑村洋太郎先生の「失敗学のすすめ」(4)は2005年(文庫本、単行本は2000年11月刊行)に出版されたが、2005年以降、自動車のリコール件数が減っただろうか。家電製品などの生活用品のリコールが減っただろうか。否である。前述したように、過去の事故や失敗の事例は失敗知識データベースとして共有された。
自動車のリコールについては、国土交通省がリコール・不具合情報を公開しており(5)、リコール情報検索システムも提供している。生活用品のリコールについてもNITE(独立行政法人 製品評価技術基盤機構)という機関が、製品事故とリコールのデータを公開しており、製品事故とリコール情報を検索できる(6)。原子力発電に関する不具合事例についても、NUCIA(原子力施設情報公開ライブラリー)というサイトで不具合事例が公開されている(7)。これらのデータ検索システム、データ公開で事故や失敗が減少しただろうか。否である。
データ検索システムが提供され、過去の事故や失敗のデータが広く公開されても、それが使われなければ不具合は減らない。多忙な業務の中で、時間を使ってデータを検索したり、公開データを眺めたりする時間は無い。幸運にも、失敗学会やその他の様々な活動によって、過去の事故や失敗のデータが多く公開されている。あとは、それを活用して不具合を未然に防止する仕組み(8)がどれだけ広まるか、である。先輩方が蓄積した知識や経験を最大限に活用し、不具合を未然に防止するモノづくりを世界に先駆けて日本が実現する。これが「メイドインジャパン=高品質」という世界の認識を将来にわたって維持する一つの方向性だと思う。
2023年、日本機械学会誌に「転ばぬ先の失敗学」という記事が連載された。失敗学会を畑村洋太郎先生と設立された東京大学の中尾征之教授の連載だが、2020年頃に「失敗知識のマネジメントから違和感起点の仮説生成へ」と失敗学の宗旨を変えた(9)との記述がある。この宗旨替えは、事故や失敗を撲滅するには過去のデータ整理や共有だけでは不十分であり、事故や失敗を未然に防ぐ仕組みが必要、との認識に基づくと私は考えている。
連載記事の中で、失敗知識マネジメントに重きを置く従来の失敗学に陰りが見え、講演が減少して失敗学の本が売れなくなった理由が次のように説明されている。「日本経済がジリ貧になって失敗の回避よりも、成功への挑戦に注目するようになった(10)」「人の振り見て我が振り直せが成功したわけである。一通りの(失敗の)退治が終わると、・・・、失敗学も用済みになった(9)」しかし、この分析は間違っているのではないか。
2023年度末にダイハツ工業の認証検査不正が明らかになり、2024年初に羽田空港でJALと海保機の衝突事故が発生した。依然として、失敗の回避は最重要事項であり、かつ失敗の退治は終わっていない。従来の失敗学は過去の事故や失敗の知識の共有に重要な役割を果たしたことは間違いない。一方で、それだけでは失敗は無くならない。この事実を踏まえて、不具合を未然に防止する仕組みに失敗学を宗旨替えするに至った、と説明いただく方が自然と思う。