不具合と労働生産性

- Relation between defects in products and labor productivity -

けんきゅうの研究所 Research Lab.:不具合と労働生産性

 

労働生産性が低迷する中での要求事項の増加、開発工数の減少で業務過多に

 

前回は、製品の不具合が発生する背景としてエンジニアの業務過多、それに伴う疲弊を指摘している記事を紹介した(1)。ただこの記事には、業務過多や疲弊の度合いを定量的に調査した結果は述べられていない。筆者はこれまでの経験で、エンジニアの多忙さを実感している。一方で、このような感覚には客観性が無い。したがって本来は、何らかの定量的な指標でエンジニアの実態を評価すべきである。しかし残念ながら、筆者の知る限り、エンジニアの業務過多の度合い、疲弊度を定量的に評価した結果は無い。一方で、日本の労働生産性の調査結果は、エンジニアの業務過多、疲弊を物語る一つの指標と考えられる。労働生産性とは、労働者が一人あたりで生み出す成果、あるいは労働者が1時間で生み出す成果であり、労働者がどれだけ効率的に成果を生み出したかを定量的に数値化したものである。

 

日本のシンクタンクである日本生産性本部が毎年発行している労働生産性の資料を見てみよう(2)。2020年度、日本の時間当たりの労働生産性はOECD加盟38カ国中23位、先進主要7カ国中最下位である(図1)。日本の一人当たりの労働生産性はOECD加盟38カ国中28位、日本の製造業の労働生産性はOECD加盟31カ国中18位であり、労働生産性が高いとは考えにくい結果である。ただし、日本の労働生産性を時系列で見た場合、生産性は下がっているわけではない。例えば、図1の「主要先進7カ国の時間当たり労働生産性の順位の変遷」を見てみると、1970年から2020年に至るまで先進7カ国中で最下位であるが、OECD加盟国中では20位から23位が続いており、大局的に順位が低下する傾向は見られない。つまり、日本の労働生産性は安定して良くないのである。

 


図1 OECD加盟国の時間当たりの労働生産性(2020年)と主要先進国7カ国の労働生産性の順位変遷 (2)

 

それでは、労働生産性の絶対値の時系列はどのように変化しているのだろうか。製造業の労働生産性の推移を図2に示す。製造業については、2009年はサブプライム住宅ローンに端を発する世界的な金融危機で生産性は減少したものの、1995年から2019年まで概ね上昇基調である。ただ、他の国の労働生産性も上昇しているため、結局、日本は20位程度で推移している。このようなデータから、次のようなことが言えると筆者は考える。日本の労働生産性は従来から優れてはいなかった。製造業の労働生産性については年々向上しているものの、他の国を凌駕するような向上は実現できていない。それにも関わらず、製品への要求事項が増え、開発工数は減らされているるため、業務過多に陥っているのである。

 

図2 製造業の労働生産性の時系列比較(2010年=1)(3)

ここで取り上げた日本生産性本部の資料には「労働生産性は、労働者の能力向上や効率改善に向けた努力、経営効率の改善などによって向上します」との記述がある。この記述に日本の労働生産性を向上させ、製品の不具合を大幅に減少させる大きなヒントが隠されていると筆者は考える。つまり、「労働者の能力向上」が今後の日本のモノづくりの鍵になるのだ。日本生産性本部は、 米国のブルッキングス研究所を支援して日米独の生産性に関する比較研究を行っている(4)。この比較研究では、労働生産性を上昇させるには人材への投資が重要と指摘されている。イノベーションに必要な高度な知識を有する人材を増やすことで、労働者の能力が全体として底上げされ、労働生産性が向上するという意見である。この意見の考え方は間違っていないし、人材の育成に向けて、その育成に必要なファンドをどのように確保するかなど、長期的な視点で議論を継続すべきと思う。このような人材育成に向けた施策は、安宅和人著「シン・ニホン」で妙案が述べられている(5)。このような人材育成の努力に加えて、労働人口の減少が喫緊の課題である日本の場合、もっと思い切ったやり方を試して良いと思う。すなわち、近年急速に進化している破壊的技術を「労働者の能力向上」に活用するという方向性である。

  1. 吉田栄介、”高品質と低コストのジレンマ:自動車リコール原因分析からの考察”、三田商学研究、第49巻第7号、2007年2月
  2. 労働生産性の国際比較2021 プレスリリース・サマリー、公益財団法人 日本生産性本部、2021年12月
  3. 労働生産性の国際比較2021、公益財団法人 日本生産性本部、2021年12月
  4. The contribution of human capital to economic growth ~A cross-country comparison of Germany, Japan, and the United States~、The Brookings Institution、2021年9月
  5. シン・二ホン、AI×データ時代における日本の再生と人材育成、安宅和人著、ニュースピックス、2020年2月

関連ページ