もう一つの背景

- Another background of defects in products -

 

進まぬモノづくり知識・技術移転が、製品不具合のもう一つの背景

 

不具合の発生の背景では「高品質と低コストのジレンマ:自動車リコール原因分析からの考察」(1)を取り上げ、エンジニアの業務過多と、それに伴う疲弊が設計起因の不具合の背景であることを述べた。ここでは、取り上げた論文に記載されているもう一つの重要な不具合の背景について考えたい。それは、「進まぬ知識・技術移転」である。自動車のリコールにつながる不具合の要因は、製品の設計に起因するものと、製造に起因するものに大別できる。そして製造に起因する不具合の背景として、「進まぬ知識・技術移転」が挙げられている(図1の右側)。すなわち日本の自動車メーカーは、行き過ぎた原価低減圧力によって、工場で働く従業員を正社員から期間従業員や外国人労働者にシフトさせ、その割合を増やした。その結果、品質の維持に必要な知識や技術の移転が適切に行われなくなっているのだ。以前のように長い時間をかけて、ベテランから若手に知識や技術を伝承する機会が失われている。

 

図1 リコール発生の連鎖(1)

このようにベテランから若手エンジニアに、時間をかけて知識や技術の移転が行われる機会が減少しているのは、設計業務でも同様である。日本の産業を支えた団塊の世代の方々は既に退職されている。加えて、ひとつの会社で定年まで勤め上げる時代ではなくなってきており、長い時間をかけた伝承が益々難しくなっている。そして、製品の不具合に関する知識や技術については、伝承を難しくする更なる事情がある。つまり、製品の不具合の場合、関与した関係者にとって不具合は不名誉な失敗であるため、その経験は広く共有・移転されない傾向がある。

 

このような事実は、マシュー・サイド著「失敗の科学」で詳しく述べられている(2)。不名誉の隠蔽の圧力に打ち勝って不具合の共有が進み、事故率が劇的に減少した例として、航空機業界が挙げられている。航空機の事故は、1912年当時には米陸軍パイロットの14人に8人が事故で命を落としていたが、国際航空運送協会(IATA)によると2013年の事故率はフライト100万回につき0.41回、2014年には100万フライトに0.23回という低い率にとどまっている。

 

このような劇的な改善をもたらした要因の1つは航空機業界の徹底した情報共有による。航空機には全て、ほぼ破砕不可能なブラックボックスが設置されており、飛行データやコックピットの音声が記録されている。事故が起こると、このブラックボックスが回収され、データが徹底的に分析される。また、パイロットはニアミスを起こすと報告書を提出するが、10日以内に提出すれば処罰されない決まりになっている。このように、航空機業界では事故を共有して改善に活かす仕組みが整っている。一方で、医療業界では事故の共有が難しいことが指摘されている。

 

航空機業界だけでなく、事故やミスを積極的に共有しようという動きは他の業界でも見られる。星野リゾートの本拠地、軽井沢の施設ではお客様対応のミスを共有し、対策を練るために、「ミス撲滅委員会」という活動が続けられている(3)。実際にミスを起こした人、他の人が起こしたミスについて知っている人、のどちらがミスを報告しても良く、ミスをした人を絶対にしからないというルールとのこと。このように不名誉で共有が憚られる不具合、事故、ミスについても業界によっては将来の改善に活かす取り組みが行われているのである。したがって、自動車、電機、機械メーカーなども、今まで以上に不具合を共有し、知識や技術を積極的に移転する活動が必要と考えるが、いかがでしょうか。

  1. 吉田栄介、”高品質と低コストのジレンマ:自動車リコール原因分析からの考察”、三田商学研究、第49巻第7号、2007年2月
  2. 失敗の科学 失敗から学習する組織、学習できない組織、マシューサイド著、Discover21、2016年12月
  3. 星野リゾートの教科書 サービスと利益 両立の法則、中沢康彦 著、日経トップリーダー編、日経BP社、2010年4月