Dirlikの方法

- Dirlik's method -

けんきゅうの研究所 Research Lab.:Dirlikの方法

Dirlikの方法の面白いところは、その方法が博士論文(1)で発表されて以降、Dirlikさん自身から関連する論文が発表されていないこと。一般的に、研究者は同じ分野の研究を数年間続けます。生涯、同じ分野の研究を続ける研究者も珍しくない。その結果、同じ著者から関連する論文が複数発表されているのが普通です。特に、良い成果と認められた内容であれば、続編を執筆したくなる。ところが、Dirlikの方法についてはそれがなく、「Dirlikさん、どうしたの?」という感じで、謎めいています。

 

では、Dirlikの方法がどのような方法で、何が凄いのでしょうか。Dirlikの方法は基本、金属疲労を予測する方法です。金属疲労とは、金属に繰り返し力が作用することで、金属が破断に至る現象です。長年使用された金属製の構造物が突然壊れた場合、腐食に加え、金属疲労が原因のことが多いです。金属疲労を予測するには、まず、どの程度の大きさの力※1が、何回ぐらい対象物に作用したかを調べます(頻度解析と呼ばれている)。そして、金属材料に作用する力の大きさと、破断に至る回数を整理したデータ(疲労寿命曲線と呼ばれる)を参照して疲労破壊に至る寿命を求める。これが金属疲労を予測するための一連の手順です。したがって、まず、時間の経過に伴い、金属に作用する力がどのように変化したかを示す波形を入手し、力の大きさと作用した回数をそこから読み取る必要があります。すなわち、力の時間波形が疲労破壊の予測には必要なのです。ところが、Dirlikの方法を使うと、力の時間波形がなくても金属疲労が予測できます。そう、凄い方法なのです。

 

そもそも力の波形が無い状況ってあるの?と思われるかもしれませんね。でも力の波形が無い状況は、実際にあります。例えば、高圧電線の鉄塔が風の力を受ける場合、鉄塔に作用する力の波形を厳密に表現することはできません。何故なら、このような波形はランダムだからです。ある時刻に観測された力の波形は、別の時刻には決して現れません。なので、「この波形が風による力です」というような代表的な波形は決められません。そう、ランダムな力が作用する場合は、力の時間波形が正しく描けないのです。

 

では、どのようにしてランダムな力の波形を表現できるのでしょうか。実は、ランダムな変化は時間波形ではなく、周波数スペクトルとして表現できます。周波数というのは、1秒間にどのくらいの数の波が含まれるかを表す物理量です。音の高さを表現する時によく使われますよね。高い音は、1秒間に含まれる波の数が多い、すなわち周波数の高い音波です。みなさんがよく知っているモスキート音は、高周波の音の代表格ですね。周波数スペクトルとは、ある周波数、大きさの波がどの程度、含まれるかを表現したものです(図1(a))。具体的には、横軸を周波数、縦軸を波の大きさを意味するスペクトルとし、波の性質を表したものが周波数スペクトルです。ランダムな波形は、横軸が時間の波形では表現できませんが、周波数スペクトルとして表すことができます※2

 

こうしてランダムな力の波形を周波数スペクトルで表現できました。この力のスペクトルから、どの程度の大きさの力が何回ほど対象物に作用しているか、を明らかにする頻度解析方法がDirlikの方法なのです。力の時間波形から精度良く頻度を解析する方法は従来からありました。その代表的なものが、別のページで紹介しているレインフロー法です。一方で、スペクトルから頻度を求める方法は、古くから研究されてはいましたが、皆が有用だと認めるような方法は長らく存在しませんでした。このような状況下で現れたのがDirlikの方法であり、そこそこ良い精度で頻度が解析できることから、今や広く認知されています。今後、走行時にランダムな力を受ける自動車、鉄道車両、悪路を走行する鉱山ダンプトラック、前述した風力発電システムの健全性評価にさらにDirlikの方法が利用され、これらの製品の信頼性が向上するでしょう。

 

ポンさんはDirlikの方法が有用であることを明らかにするために、精度を調査した結果(2)や、さらに精度を向上させる方法(3)(4)に関する論文を発表しています。Dirlikの方法を使ってみようと思った方、Dirlikの原文は英語論文でページ数も多いので、まずポンさんの論文の冒頭を見ていただければ、Dirlikの方法の概要はつかめると思います。ぜひ見てみてください。

 

 

※1:正確には、作用する力をその力が作用する面積で割って求められる「応力」という物理量を使って疲労破壊を予測する。つまり、どの程度の大きさの応力が、何回ぐらい対象物に作用したか(応力の頻度分布)と、応力の大きさと、破断に至る回数を整理したデータ(疲労寿命曲線)を参照して疲労破壊に至る寿命を求める。

 

※2:ランダムな波形を周波数スペクトルで表す場合、図1(a)の縦軸はパワースペクトル密度(PSD: Power  spectral density)とします。応力のランダム波形をスペクトルで表現するならば、縦軸は単位はMPa2/Hzの応力PSDです。

  1. Dirlik, T., "Application of computers in fatigue analysis", Ph. D Thesis, University of Warwick (1985)
  2. 竹田憲生,成瀬友博,“ランダム負荷に対する疲労寿命予測の高精度化”,材料,60,10,(2012),pp. 853-859
  3. 竹田憲生,井上剛志,“ランダム負荷による疲労寿命の予測精度”,材料,64,11,(2015),pp. 895-901,DOI: https://doi.org/10.2472/jsms.64.895
  4. Norio Takeda and Tomohiro Naruse,“Accurate Prediction of Fatigue Life under Random Loading”, Advanced Materials Research,Vols. 891-892,(2014),pp. 1347-1352